十二月十四日といえば討ち入りの日。
大高源吾が身分を隠し、茶人の山田宗徧から吉良邸での茶会の日程を聞き出したのは有名な話です。
宗徧は平家琵琶とも関わりが深く、
五十七面の琵琶を自ら製作しました。
本日は討ち入りに関わった方々への供養として、平曲を語る中で供茶をいたします。
「城南離宮」は後白河法皇が幽閉された鳥羽伏見の離宮の話です。
年の瀬の内容であることと、灌頂巻に準じた扱いの伝授物であることから選びました。
また、静かな思いのまま、「敦盛最期」の直実や敦盛の心情をご鑑賞ください。
「荻野検校顕彰会・平曲研究所共催
平曲会と平曲講座 配布資料『趣旨』より」
12月14日(土)応挙館にて平曲会 討ち入りの供茶の点前をさせて頂きました。
予定より少し遅れて到着すると、待っていましたと社中の方がお道具を運び入れ・・・
・・・準備するとどうでしょう、大切な茶道具が何点か忘れられていることが発覚。
宗景先生が一言
「茶巾も茶筅もなくお願いします。」
供茶台の桂籠には蝋梅と小菊。
そこへ並べる供養の茶。
お道具もなしに初めての点前。
しかし何故か焦ることもなく
鈴木まどか先生のお見事な澄んだお声の語りは
この世のものとは思えない程素晴らしく
私はすっかり無心状態で終了することが出来ました。
お茶をされていない方にも
「何か変だなあ」と思われたでしょう。
主人が一言
「今日の点前は宗徧流じゃなくて想像流だね」
(→現在の乙亥会を立ち上げる以前、母が35年間在籍)
最後になりましたが、宗景先生の上歌と琵琶お見事でした。
これだけの事をしながらの茶の準備大変だったことでしょう。
しかし皆々様への呈茶は茶筅も間に合い、無事に温かいお茶をたっぷりと差し上げることが出来ました。
これで良しとさせて頂きましょう。
(お茶とお菓子はまどか先生が御用意下さいました。
上林春松本店の「初音の昔」と亀屋良永の「月」。
琵琶の透かし入りのお懐紙に乗せてお出ししました。)
私も良い経験をさせて頂きました。
社中の方々の熱心なお仕事ぶりには感服です。
お寒い中お疲れ様でした。
心平常百事自成
宇井宗久
乙亥会一のベテラン、宇井さんは
今回の為にそれは熱心に練習に励まれていました。
そして当日の朝
「心平常百事自成」
の字を見てから応挙館へ向かわれたとのこと。
結果として前代未聞のハプニングの中
極めて自然に、堂々とお役目を務められていました。
半東の森さんも落ち着かれていて流石でした。
正に日頃の努力の賜物と、
まどか先生の見事な平曲の語りにより精神が鎮められた結果ですね。
後はお二人とも
長年母の無理な注文に応えてこられたので
ハプニングに慣れていらっしゃるということも大きいかもしれません。
他の皆様も茶筅を買いに走って下さったり
色々とアイディアを出して頂いたりと
皆で一丸となってこの難局を乗り越えることが出来ました。
お道具を忘れるような失態は
もう二度とあってはいけませんが
宇井さんを見習って
不測の事態でも平常心でいられる様修行に励まなくてはいけませんね。
普段入ることのできない国立博物館の応挙館で
お供茶と呈茶をさせて頂くという貴重な経験をさせて頂きました。
鈴木まどか先生には改めて深く御礼を申し上げると共に
不手際をお詫び致します。
今後とも母と、乙亥会一同を宜しくお願い申し上げます。
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